【競艇】峰竜太のデビュー前から現在までの軌跡を辿ってみた

競艇界スター「峰竜太」デビューから現在までの成績を辿ってみた

デビュー当初は「あの芸能人と同姓同名」と、話題ばかりが先行していた峰竜太選手。

それがSGを獲り、さらには賞金王まで…。今では不動の現役No.1レーサーに。ネットでも「峰竜太」で検索すれば、ボートレースの話題が上位を占めるほどの存在感となっています。

持ち味は、バツグンの安定感とレースセンス。毎年コンスタントに賞金を稼ぐ一方で、勝っても負けても涙を流す感情の豊かさから「泣き虫王子」という異名も(笑)

今回は「95期四天王」の1人としてデビューした峰竜太選手の成績を、同期ライバル達との比較や、山あり谷ありのエピソードをまじえてご紹介します。

※イケメンレーサーやYouTuberの記事でも紹介しています。

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2004年、スター候補ひしめく中で競艇プロデビュー

峰竜太選手は1985年、唐津競艇場がある佐賀県唐津市で生まれました。

高校卒業後、約20倍の競争率を突破してボートレーサー養成所(やまと競艇学校)に入所。2004年秋に、地元・唐津でデビューを果たしています。詳細なプロフィールは以下をご覧ください。

公式画像 競艇界スター「峰竜太」ボートレースオフィシャル プロフィール画像
名前(かな) 峰竜太(みねりゅうた)
出身地 佐賀県唐津市
登録番号 4320 95期生
生年月日 1985年3月30日
身長・体重 173㎝・52㎏

高校時代は日本代表クラスのセイラー

競艇界スター「峰竜太」高校時代は日本代表クラスのセイラー

峰選手は高校時代(佐賀県立唐津西高等学校)、ヨット部に所属していました。

唐津西高校ヨット部といえば、日本でもトップクラスの名門。峰選手は国体のセーリング競技で4位入賞の実績がある他、ユース世界選手権への出場も経験しています。

艇界に入る前から船を操り、波を乗りこなす能力を高いレベルで持っていた峰選手。現役では右に出る者がいないともいわれるターンや捌きのセンスにも、高校時代に国内、そして世界で築いた技術の土台が生かされているのではないでしょうか。

ちなみに、峰選手と同じ唐津西高校の後輩2選手が、2020東京オリンピック日本代表としてセーリング競技に出場。峰選手の7年後輩となる南里研二は、男子レーザー級に出場。10年後輩の岡田奎樹は、男子470級で7位に入賞しています。

「95期四天王」として成績好調も、養成所チャンプは逃す

95期として入所した峰訓練生。養成所時代はもちろん優秀な成績でしたが、同期には将来が嘱望されるレーサーの卵が他にも多数いました。

中でも岡村仁(大阪)、山田哲也(東京)、山口裕太(広島)の3人とは、養成所のリーグ戦で常にしのぎを削り合う戦いを繰り広げます。いつしかこの4人は「95期四天王」と呼ばれるようになります。

競艇界スター「峰竜太」「95期四天王」として奮闘も、養成所チャンプは逃す

養成所内のリーグ戦勝率No.1は岡村(8.09)、峰は2位(7.16)でした。岡村とかなり差をつけられてしまった峰ですが、養成所チャンプは自分の手にと気合いを入れて、最後の卒業記念競走に臨みました。

優勝戦には四天王全員が名を連ねた中、峰は4コースから。2コースからまくりを決めた岡村に一歩届かず無念の2着。惜しくも養成所チャンプの座を岡村に譲り、95期訓練生のナンバーワンになれなかった峰。

プロの世界では同期に負けないことを誓って養成所を卒業し、晴れて「登録番号4320 峰竜太」となりました。

ライバル達から大きく遅れた初勝利(水神祭)

ボートレーサー「峰竜太のデビュー」は2004年11月。地元である唐津の一般開催、初日の第1レース。

峰選手以外は全員40~50代の選手という中、大外6コースから前を窺いますが、惜しくも2着。デビュー初出走初勝利の快挙とはなりませんでした。

デビュー節の全着順は24533546。2節目となった大村開催でも1着を獲れず、ようやく初勝利となったのはデビュー3節目のこと。福岡の年末開催、最終日の一般戦で6コースからトップスタートを決め、内5艇を一気に飲みこみます。峰選手はデビュー22走目で”ようやく”待望の1勝を挙げました。

驚きだったのは、この時の3連単配当はなんと1940円(3番人気)

デビュー初1着選手の3連単最低配当を記録したのです。多くのファンが舟券を握りしめながら、峰選手の初勝利をずっと心待ちにしていたことがよく分かります。

競艇界スター「峰竜太」ライバル達から大きく遅れた初勝利

それもそのはず。95期四天王の他3選手がデビュー節で次々に水神祭を上げていく中、デビューから3節、22走を要した峰選手の初勝利は、4人の中ではダントツに遅いものとなってしまったのです。

破竹の勢いで最優秀新人ゲット!そしてSGへ

デビュー1勝目にとても苦労した峰選手。しかし、2005年に入ってからは驚異的な成績の伸びで、新人らしからぬ大物ぶりを見せつけます。

新人の競艇選手は慣例により、デビューからしばらくは不利な大外6コース進入となります。それでも前の艇を捌き、上の着を奪うアグレッシブな走りで、同期だけでなく先輩レーサーをも勢いで圧倒する活躍を見せた峰選手。

なんとデビューから1年間で5回の優出という、近年では驚異的な記録を打ち立てることに。

初Vまで1年。しかしV2は同期で一番乗り

競艇界スター「峰竜太」初Vまで1年。しかしV2は同期で一番乗り

峰選手の初優勝は、デビューからちょうど1年となる2005年11月。岡村選手はその3ヵ月前に達成しており、初勝利に続いてここでも一歩遅れてしまいます。

しかし、岡村選手がそこから2010年まで優勝できず、山田選手、山口選手も同様に苦しい戦いが続きます。そんな中、峰選手は翌2006年夏に2度目の優勝を達成し、ようやく四天王の中で頭ひとつ抜け出す存在となります。

さらにその後も勢いは止まらず、2006年には年間8回の優出、そしてG3を含む2回の優勝を記録したのです。

「80人抜き」で2006年最優秀新人選手に

いつしかファンやメディアは「ひょっとしたら峰が、2006年の最優秀新人選手に選ばれるのではないか?」という点に関心を寄せるようになります。

最優秀新人選手の対象は「新規登録の翌年から3年以内の選手」という規定があります。つまり、2006年の場合は92期以降の選手の中から選ばれることになります。ちなみに、該当する実力者には…

  • 毒島誠選手(群馬)
  • 馬場貴也選手(滋賀)
  • 岡崎恭裕選手(福岡)

現在のSG戦線でも活躍するレーサーが沢山。ただ、年間の成績では優勝2回、優出5回、1着69回をマークした峰選手を誰も上回ることができないまま選考期間が終了。

92~94期の合計80選手もの先輩レーサーを追い越して、峰選手は2006年の最優秀新人タイトルを獲得しました。

管理人
この年、峰選手と最後まで争っていた岡崎恭裕選手は、翌2007年に3回の優勝を果たし、峰選手から1年遅れて最優秀新人選手に選ばれています。

初のSG出場はファン投票で選出!

峰選手は2007年前期からA1級に昇格しました。

G1開催にあっせんされはじめたばかりで、SG競走には選出される成績は残せていない状態。そんな峰選手でもいきなりSGに出られるチャンスがやってきます。それはファン投票で選ばれる笹川賞(オールスター)です。

当時はまだインターネット投票が導入されていなかった時代。峰選手は地元唐津のファンを中心に支持を受け、見事に選出。デビュー2年半という当時歴代5位の早さで、SG初出場を果たします。

競艇界スター「峰竜太」初のSG出場はファン投票で選出!

峰選手は初のSGで1勝を挙げるなど、節間2連対と健闘。予選突破こそなりませんでしたが、このオールスターでの経験が「95期四天王」他の3選手を大きくリードしていく足がかりとなったのは、言うまでもありません。

「あの俳優と同姓同名」世間でも話題に

峰選手が若手レーサーの成長株として注目を集める中、競艇に馴染みがない人達の間でも「峰竜太という名前の競艇選手がいる」と、各メディアで話題に上がるようになりました。

象徴的だったのは、歌手の和田アキ子さんがイメージキャラクターを務める2008年に放映された競艇のテレビCM。

「アッコにおまかせ!」で俳優の峰竜太さんと共演していることもあって、まったく同姓同名となる峰選手との組み合わせは、期待通りの面白さに。抱きつかれながら、ボソッと小さな声で「やめてください…」と抵抗しているのが見どころですw

余談ですが、俳優の峰竜太さん、実は芸名なんです。本名は下嶋清志(しもじまきよし)。よって2人は本当の同姓同名というわけではありません。

峰竜太が天国と地獄を味わった2009年

2009年の峰選手も、年始から幸先のいいスタートを切ったかに見えました。しかし、2度目のSG出場が決まった直後に過ちを犯し、選手生活は一転してどん底へ。ここからしばらく試練を味わうことになってしまいます。

地元唐津「九州地区選手権競走」で初G1制覇

九州地区選手権競走

2009年2月、峰選手にとって23度目のG1出場となった「第55回九州地区選手権競走」は、地元の芦屋で開催されました。

G1ではこれまで優出すらなかった峰選手でしたが、予選道中は1度も3連対を外すことなく2位で通過。準優勝戦も1コースから難なく逃げ切ってG1初優出を決めます。

この後、予選1位だった平田忠則選手がイン逃げに失敗して5着に沈んだことで、幸運にも優勝戦の1号艇が峰選手に転がり込んできたのです。

優勝戦ではインスタートでやや後手を踏みますが、なんとか持ちこたえて1周1マークを先行。道中も5号艇の伊藤宏選手(福岡)に舳先を掛けられる厳しい展開を振り切り、1着でゴール。G1初優出で初優勝の快挙を達成しました。

九州地区の強豪レーサー達をねじ伏せ、四天王の中で最も早くG1を優勝した峰選手。これで3月のSG総理大臣杯(ボートレースクラシック)の出場権を獲得し、いよいよ全国区のSGレーサーにステップアップか・・・という時、まさかの出来事が起こります。

直後の不祥事。失った大きなチャンス

総理大臣杯(ボートレースクラシック)を間近に控えた、3月上旬の唐津一般開催。

ここに出場していた峰選手は、期間中に同じ佐賀支部の先輩レーサー、西和則選手(2013年引退)のプロペラ調整を手伝ったとして、整備規程違反に抵触。峰選手は2日目後半のレースを欠場し、そのまま帰郷処分となりました。

他選手の整備に関して許されるのはアドバイスまで。作業目的で手を掛けてしまうと「自分の艇は自分ひとりで整備する」選手義務に背いた行動となるため、重大違反となるのです。

峰選手には同年5月から3ヵ月の出場停止、1年間のSG選出除外という重い処分が下され、総理大臣杯の出場権も取り消しに。出走回数不足によるA1級陥落こそ免れましたが、SG出場は2010年の前半までお預けとなり、しばらく反省と我慢の日々が続くことになりました。

競艇の違反まとめ!待機行動違反や一発実刑となる重大犯罪まで

試練を乗り越えついにSG初制覇

悔しい思いがありながらも、主に一般戦で地道に1着を積み重ねた峰選手。その甲斐あって勝率は7点台後半の高い成績を維持しました。

そして2010年10月、2年半ぶりのSG復帰となったのは、勝率上位の選手が選ばれる全日本選手権(ダービー)。峰選手は初めてSGの予選を突破し、準優勝戦進出(6着)の健闘を見せ、翌2011年からは本格的にSG戦線へ。

早速、この年3月の笹川賞(オールスター)では節間3勝を挙げて初優出(5着)。MB記念(メモリアル)と全日本選手権でも優出を果たし、年末の賞金王決定戦までコマを進めました。

待ちに待った瞬間が訪れたのは、2017年7月のオーシャンカップ。SG競走43回目の出場でつかんだ栄冠でした。

「死んだと思いました」危機一髪のアクシデント

初めてSGを獲るオーシャンカップの2ヵ月前、峰選手はものすごい「厄落とし」を行っていました。

福岡で行われた笹川賞(オールスター)初日のドリーム戦。イン逃げに失敗した峰選手は後方を追走中に挙動を乱して2マークをショートカット。あわや衝突かという危ない場面を経験したのです。

峰竜太あわや大事故「死んだと思いました」

あわや大事故!12Rドリーム戦の1周2M、イン戦でまくられバック最後方だった峰竜太(32=佐賀)は、ターンマーク手前で引き波にひっかかり舟がジャンプ、ネトロン(消波装置)を飛び越えてしまった。そこに篠崎元志、池田浩二が突っ込んできた。「死んだと思いました」。峰はそう思ったそうだが、篠崎と池田は瞬時に右ハンドルを切り回避。結局、峰も6着で完走した。「浩二さんと元志に感謝です」。
※2017.5.23 日刊スポーツより一部抜粋

高い技術を持つSGレーサー達が機転を利かせて避けたこともあって、峰選手は幸いにも無傷で完走。まともにぶつかっていたら最悪の事態も想定される展開。そう思うと、このレースがその先の運命を良い方向に切り拓く分岐点だったのかもしれません。

転がり込んだ1号艇!11度目の正直でSG初優勝

2017年7月。歓喜の瞬間が訪れたのは、峰選手デビュー13年目の夏でした。

丸亀で開催されたオーシャンカップ。直前の一般開催(唐津)を節間10勝という圧倒的な強さで制し、上り調子で臨んだ自身43回目のSG開催となります。

戦前は優勝候補に挙げられていなかった峰選手でしたが、予選道中は堅実な走りを続けてオール3連対をマークし、2位で突破します。1号艇となった準優勝戦では、トップスタートからイン逃げで押し切り1着。自身11度目のSG優勝戦は、順当なら2号艇で挑むはずでした。

ところが、予選1位だった篠崎仁志が準優でスタートを決められず、まさかの6着。これにより峰選手は、初G1制覇となった2009年の芦屋と同じ形で優勝戦の1号艇を手に入れたのです。

SG優勝戦のイン逃げは2度目となる峰選手。前回の2015年メモリアルでは1号艇から2着に敗れており、今回もプレッシャーからスタートは2~3コースに遅れを取ってしまいました。

それでも峰選手はスリット後に伸び返し、1周1マークで2コース辻の差し、3コース井口のまくり、さらには5コース丸岡のまくり差しをいずれも振り切ってバックストレッチで3艇身のリード。そのまま先頭を譲ることなく3周を走りきり、悲願のSG初優勝を果たしました。

競艇界スター「峰竜太」転がり込んだ1号艇!11度目の正直でSG初優勝

SG初出場から6年。なかなか優勝に手が届かないどころか、後輩レーサー達がSGを獲り、先を越されていく焦りもある中でやっとつかんだ、念願のビッグタイトルとなったのです。

競艇界スター「峰竜太」転がり込んだ1号艇!11度目の正直でSG初優勝②

競艇界のスーパースター「峰竜太」の誕生

初SG制覇となった2017年のオーシャンカップで「今まで獲り逃した分、いっぱいSG獲ってみんなに認めてもらいたい」と話していた峰選手。
その後はいわば、中で抑え込まれていたものが一気に解放されたかのような安定感を見せ、いよいよ艇界の頂点に立つ2018年を迎えます。

年間すべてのSGレースで予選通過

2018年の峰選手は3月の総理大臣杯(クラシック)から11月のチャレンジカップまで、7つ全部のSG競走に出場。2017年に続いての皆勤となりました。これだけでも大変なことですが、峰選手はさらに全SGで予選を突破し、準優勝戦に進出しています。

特に尼崎のオールスターでは、予選で待機行動違反と不良航法を1回ずつ犯して減点14を食らうピンチとなりながら、オール3連対で得点率を6.33まで回復。しぶとく予選を勝ち上がりました。

競艇界スター「峰竜太」年間すべてのSGレースで予選通過

優勝こそありませんでしたが、クラシックでは優出3着、チャレンジカップでは2着の成績を残します。峰選手は11月末までの獲得賞金を9628万円として、2年連続のグランプリ出場を決めました。

「伝説のまくり差し」そして初の賞金王に

1年前は惜しくも3着に終わり、雪辱を期して挑んだ2018年のグランプリ。この開催のハイライトは最終日の決定戦でなく、峰選手が出走した前日のトライアル最終戦でした。

峰選手はトライアル2ndステージから登場し、1走目はイン逃げで勝利したものの、2走目は5号艇(5コース)から出番なく5着に沈みます。最終日の決定戦に進出するためには3着が必要となる、勝負駆けの3走目。しかし、峰選手は枠番抽選で、2走目と同じ5号艇を引いてしまいます。

再び不利な状況となったこの窮地で峰選手が見せたのは、ファンの間で「伝説」ともいわれている、乾坤一擲のまくり差しでした。

スタートでわずかに凹んだ4コースを外からかぶせた後、1マークに向かって絶妙のタイミングで鋭く差し込みます。そこから住之江の場内も大きくどよめいたターンマークギリギリの旋回を決め、大事な勝負がけを見事1着で切り抜けたのです。

この年のハイライトは「峰の1億円ターン」だったと、多くのファンが口を揃えて言うほど印象的だった5号艇・峰竜太の華麗な立ち回り。

管理人
峰選手本人も「選手生活でベスト3に入るこのターンには、1億円の価値がある」と、自身のYouTubeチャンネルで話しています。

この1着で峰選手は2ndステージを1位で突破。堂々の1号艇で臨んだ翌日のグランプリ決定戦も、外からのプレッシャーを1マークで振り切り、2018年のラストを見事なSG制覇で飾りました。

峰選手の年間獲得賞金は2憶0292万円となり、毒島誠選手(群馬)を逆転して初の賞金王を獲得。これまで名前の話題性が先行していた峰竜太というボートレーサーが、誰もが認める実力でとうとう艇界の頂点に立ったのです。

最強の競艇選手!年別賞金ランキングや歴代生涯獲得賞金まとめ

峰竜太選手は現在もトップレーサーに君臨

峰選手は翌2019年、自己ベストとなる年間勝率8.74を記録。2020年にはSG3勝目をオーシャンカップで飾った後、年末には自身2度目となるグランプリを制し、SG2勝を含む優勝14回の大活躍となりました。

前人未到の「3冠レーサー」に!

競艇界スター「峰竜太」前人未到の「3冠レーサー」に

峰選手の持ち味は、どんな開催でもめったに大崩れをしない安定感です。2015年には勝率と最多勝の2冠に輝き、勝率に関しては2020年まで6年連続で1位を堅守しています。

年間でSG2勝を挙げ、自身2度目の賞金王に輝いた2020年には「最多獲得賞金」「最高勝率」「最多勝利」の3部門で1位となり、1996年以降では初めてとなるタイトル3冠を達成しました。

2冠を獲得したレーサーは峰選手自身を含めて何度かありましたが、3部門すべての賞を獲ったのはこれが史上初の快挙。峰選手はこの年、最優秀選手と記者大賞にも輝いており、主要タイトルを総ナメした1年となったのです。

13度目の正直で、涙のオールスター優勝

2021年、峰選手本人がどうしても撮りたかったSGタイトルを手にする日がやってきました。それは初出場以来、ずっとファンのおかげで出続けることができた笹川賞(オールスター)です。

5年連続ファン投票1位で1号艇をつかんだ初日ドリーム戦をきっちり押し切ると、その後も堅実にポイントを重ね、得点率8.00の1位で予選を突破。

準優勝戦は松井繁選手(大阪)が5号艇、同支部の深川真二選手が6号艇という番組で、枠なりながらも全艇が100mを切るスロー進入となりました。波乱が起こりそうな展開ではありましたが、ここも危なげなく逃げ切って1着で優出。

優勝戦は3コース菊池孝平選手のまくり差しにあわやの場面があったものの、先行を許すことなく1マークを捌き切り、そのままゴールへ。悲願のオールスター優勝を果たしました。

競艇界スター「峰竜太」13度目の正直で、涙のオールスター優勝

レースを終えて、ピットに戻る前から涙が止まらない様子だった峰選手。せっかくファン投票で選んでもらいながら、結果を出せなかった悔しさもあったことでしょう。

ヘルメットを脱ぎ、インタビューに応えている最中も涙は止まらず。動画内でも「今までで1番うれしい」と語っています。

まとめ ~ 峰竜太のこれからは?

2021年の秋でデビュー17年となる「峰竜太」選手。下記表の通り「95期四天王」による出世レースからは完全に抜け出す形となっています。

競艇界スター「峰竜太」峰竜太のこれからは?

一見、トントン拍子でスターダムにのし上がったような印象もありますが、デビューからの成績を見ると、初勝利(22走目)もSG制覇(出場43回目、優出11回目)も、それなりに時間は掛かってます。

峰選手は単に才能に恵まれた選手ではなく、あと一歩の結果が続いてもあきらめることなく、コツコツと積み上げて花を開かせる、努力と苦労の人でもあるような感じがします。

YouTube番組に出演した時には「40歳で引退するつもりだった」「あと20年も頑張れない」「マスターズは出ないと思う」など、将来に対してネガティブなコメントばかり(冗談半分だと思いますが…)。

それでもSGは5勝、グランドスラム達成に必要なSGも5つ残っており、まだまだ目指すべき目標はたくさんあることでしょう。

すでに5人の弟子を持ち、後輩の面倒見もいいと評判の峰選手。名実ともに艇界を代表する名レーサーとして、今後もSGで熟練のターンを見せてくれることを期待したいです。

競艇界スター「峰竜太」デビューから現在までの成績を辿ってみた

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