艇王「植木通彦」さんの後を継ぎ、選手層の厚い福岡支部を牽引する「瓜生正義」。
生涯獲得賞金は約25億円を突破し、SG制覇も11回という輝かしい成績を残しているトップレーサーです。
とはいえ、デビューからの道のりは決して順風満帆ではありませんでした。初のSG制覇まで12年かかるなど、一時は「無冠の帝王」と呼ばれるほど苦しかった時期も。
そして、デビュー30年を目前とした現在。2021年のグランプリ優勝&2度目の賞金王に輝き、熟練の技術と整備力を武器に最前線で活躍中。
そんな瓜生正義について、デビュー当時から振り返っていきます。
「リバースボート」をおすすめしたいのは…
- 予想がたまにしか当たらない
- 勝負レースを選定できない
- 競艇で負け組を卒業したい
的中率・回収率は業界トップクラスの水準。しかも、その予想を”完全無料”で利用できるので、金銭的なリスクは一切ありません!
競艇で勝ち組になりたいですよね?であれば今すぐお試しください。

瓜生正義とは?
瓜生正義は福岡県飯塚市出身、1976(昭和51)年生まれのボートレーサー。現在は東京都内に在住ですが、所属は福岡支部のまま変わっていません。
本栖研修所(現ボートレーサー養成所)のリーグ戦では、史上最高勝率8.65を記録。2012年には「正義のヒーロー」というキャッチフレーズが付けられ、名実ともに艇界トップの選手です。
114期「羽野直也」は同郷で同じ高校の後輩。羽野にとってはレーサーになるきっかけの存在でもあります。
瓜生正義の公式プロフィール
公式画像 | ![]() ![]() |
名前 | 瓜生正義(うりゅうまさよし) |
登録番号 | 3783(76期) |
生年月日 | 1976年3月5日 |
身長/体重 | 158cm/51kg |
血液型 | A型 |
出身/所属 | 福岡県/福岡支部 |
瓜生正義って158cmしかなかったのか…。強いボートレーサーという印象が先行してたので、それで大きく感じていたのかもしれませんw
オートレースから方向転換で競艇の道へ


瓜生正義はもともと、オートレーサーへの夢を抱いていました。そこからボートレーサーを目指した理由は、ふとしたきっかけによる心変わりがあったようです。
出身地である福岡県飯塚市は「飯塚オートレース場」で有名な場所。
少年の頃からオートレースの世界に憧れを抱き、父親も若い頃にオートレーサーを目指していた時期があったといいます。
高校生になってからもオートレーサーになる目標は変わらず。卒業後はオートレース養成所の試験を受け、もしダメだったら父の仕事を手伝うつもりだったとのこと。
そんな中、競艇選手になるきっかけともいえる出来事が…
「お前の小さい体格はボートレース向きじゃないか?」という知人のひと言。
この言葉が心に響き、高校卒業前に何となく受験したら一発で合格。この流れで卒業と同時に本栖研修所に入学し、ボートレーサーへの道を進むことになったのです。



天才「瓜生正義」が誕生したのは知人のおかげですね!仮にいなかったらオートレーサーになっていたのかも。
「天才レーサー」と呼ばれた養成所成績
瓜生正義は1994年に本栖研修所へ入所。厳しい訓練に耐え抜き、実地訓練の一環となる養成所リーグにおいて驚異的な記録を打ち立てます。
全10戦のリーグにおいて全戦で予選通過。また、優出9回・優勝6回という圧巻の成績を残し、リーグ戦勝率8.65は2位を1点以上引き離す圧倒的な強さを見せつけました。
- 本栖リーグ6/6で優勝
- 卒業レースは2着(優勝は横西奏恵)
- 勝率8.65・2連対率84%
卒業記念競走は元選手の「横西奏恵」に敗れますが、これほどの訓練生は極めて稀。卒業前から多くのファンやメディアから注目が集まります。
はたして、デビュー後の瓜生正義はどんな成績を収めたのか?
瓜生正義を支える妻・愛子さんの存在
瓜生正義は妻「愛子」さんと、4人いる息子の6人家族。地元福岡を離れて東京に移り住んだのは”長男の中学進学”が理由だったという話もあります。
レースで優勝するたびに家族のサポート、中でも妻の献身的な気づかいに対し、度々感謝の思いを言葉にしています。
2021年のグランプリを制した時も、本番が近づくにつれて日常の細かいところから気を配ってくれたそうです。直前には一緒に温泉にも行き、万全の状態で戦える雰囲気を作ってくれたのだとか。



瓜生正義の奥さんって「あげまん」なんでしょうね。某テニス選手なんて、某元モデルと交際した途端に成績が落ち込んだし。
瓜生正義の「耳」が気になるの私だけ?


他サイトではあまり触れていませんが、特徴的すぎる「耳」に目が行くのは私だけ?ちなみに、後ろ姿だけでも「あ、瓜生正義」とすぐに気づけます(笑)
どうでも良いことですが、気になったので書いちゃいました。
瓜生正義の同期(67期)レーサー
1995年の春にデビューした76期生ですが、現在もA1級で活躍するレーサーが瓜生正義以外に2人。どちらもSGタイトル獲得経験がある全国区の強豪選手です。
プライベートでも大の仲良し「原田幸哉」
公式画像 | ![]() ![]() |
名前 | 原田幸哉(はらだゆきや) |
登録番号 | 3779(76期) |
生年月日 | 1975年10月24日 |
身長/体重 | 172cm・52kg |
血液型 | B型 |
出身/所属 | 愛知県/長崎支部 |
2021年8月の蒲郡メモリアルで12年ぶりのSG制覇、そして2022年5月の宮島オールスターでも見事な3コースまくり差しで優勝を果たした「原田幸哉」。
闘志あふれる走りはデビュー当時からほぼ変わらず。「原ダンプ」とも呼ばれる攻撃的なターンが、後にご紹介する瓜生正義初のSG優勝をアシストする場面もありました。


ファンの方はご存じでしょうが、瓜生正義とは同期だけあってプライベートでも親密な仲。東京の自宅にも遊びに行っているようです。



この2人でディズニーランドって…。この場所で見かけたら衝撃を受けるのと同時に、笑ってしまうかもw


2007年賞金王レーサー「魚谷智之」
公式画像 | ![]() ![]() |
名前 | 魚谷智之(うおたにともゆき) |
登録番号 | 3780(76期) |
生年月日 | 1975年11月2日 |
身長/体重 | 162cm・52kg |
血液型 | A型 |
出身/所属 | 兵庫県/兵庫支部 |
SG優勝3回の兵庫支部「魚谷智之」。
グランプリの優勝経験はありませんが、2007年には賞金王のタイトルを獲得しています。
2017年の津G1を最後に記念Vから遠ざかっているものの、20数年以上A1級を維持している強さは未だ健在。SGでの活躍も期待したいですね!
瓜生正義のデビューからG1初優勝まで
瓜生正義の師匠は、1970~80年代に大活躍した筑豊の名選手「古賀武日児(こがたけひこ)」さん。


養成所時代にはじめて対面した際、古賀さんは「大変な選手になるか、全くダメかのどちらか」という極端な印象を持ったのだとか。
しかし、その後の訓練における圧倒的な成績を見て「瓜生はいい方向に行く」と確信したそうです。
地元若松のデビュー節で水神祭
訓練生時代の飛び抜けた成績により、デビュー前から大きな注目を集めた瓜生正義。
1995年5月の若松一般開催、ボートレーサー人生がスタートします。
「大型新人」「次代のエース」「何十年に1人の天才」などの肩書きを付けられ、どんな走りを見せるのかスポーツ紙でも話題に。
瓜生正義はデビュー戦こそ6着でしたが、3走目で初勝利を挙げて地元水面でうれしい水神祭。初勝利まで1年かかる選手もいる中、3走目というのはヤバすぎです!
初優勝は平和島!決まり手は「ツケマイ」


デビュー節からさっそく1勝を挙げた瓜生正義。
その勢いでさらに勝ち星を重ねて初優勝!という期待もありましたが、新人選手は原則として大外6コースからの進入が慣例。すぐに結果が出せないのは仕方ありません。
待望の初優勝となったのはデビューから1年7ヵ月後の1996年12月。場所は意外にも平和島競艇場でした。
4コースからの進入で決まり手は「ツケマイ」という当時の記録が残っています。


まだ走る機会が少なかった関東の水面ながら、1マークの外攻めで内側3艇を飲み込みデビュー初Vを飾りました。
G1初Vは常滑。コンマ01が明暗を分ける
瓜生正義のG1記念初タイトルとなったのは、1998年7月の常滑マーメイドグランプリ。現在は「トコタンキング決定戦」の名称で行われている周年記念です。
優勝戦は高山秀則、大嶋一也の両ベテランが1,2コースに座り、瓜生は5コース中川俊介と共に大外からのダッシュ進入。
スリット後、内に艇を絞った中川は内側の艇を飲み込んでいきます。瓜生にも絶好の展開となり、内から差し込んで2番手で1マークを抜けますが…
ここで中川にフライング(+01)の判定。
代わって先頭に出た瓜生もギリギリのコンマ00でしたが、この0.01秒が明暗を分けてG1初優勝となりました。


瓜生正義のSG初制覇!一撃から変わった風向き
現在、瓜生正義はSG優勝11回。この記録は歴代3位タイ、現役選手では「松井繁」の12回に次ぐ2番目の記録となります。


ただ、はじめてのSG優勝にたどり着くまでには長く苦しい道のり。
2007年にようやくSGレーサーの仲間入りを果たした笹川賞の「同期・原田幸哉のダンプ」。本人のみならずファンにとっても忘れることができないシーンとなります。
「無冠の帝王」と呼ばれた9年間
瓜生正義のSG初出場は1998年の笹川賞(オールスター)。予選では1着こそなかったものの「35342」と準優まであと一息の結果を残し、前評判通りの善戦を見せます。
そして、次の出場となったオーシャンカップ(三国)で早くも準優に進出。
「いずれ優出・優勝を果たす日も遠くないだろう」という声も囁かれていましたが…。それ以降は度重なるスタート事故もあって”調子の歯車”が崩れてしまいます。
2001年の賞金王シリーズでようやく初優出(3着)を果たしますが、初優勝には手が届かないままSG優勝戦だけで9連敗。
いつしか「無冠の帝王」という肩書きまでつけられるほど、SGで勝てないジンクスを9年間も背負うことに。



白井英治も「無冠の帝王」と呼ばれていた時期がありましたね。実力はあるのに勝てない。神様のいらずらでしょうか?
SG初Vを呼び込んだ「原田幸哉のダンプ」
待ちに待った瞬間が訪れたのは、2007年5月の第34回笹川賞(オールスター)。
ただ、ファンにとっては瓜生の強さより、レース中に起きた”まさかの出来事”で印象に残っているSGといえます。
瓜生正義のSG優勝戦1号艇(1コース)は意外にもこれが初。
最大限の集中が求められるイン戦。ほぼ互角のスリットから1マークのターンが甘くなってしまい、その隙を逃さなかった2コース松井繁の差しを許してしまいます。
.jpg)
.jpg)
バックストレッチでは劣勢となったしまった瓜生でしたが、この状況を揺るがず展開が1周2マークで起こります。
無難に先マイを決め、さらにリードを広げるはずだった松井に襲い掛かったのは、内からスルスルと艇を伸ばしてきた3番手の原田幸哉。
マイシロを十分に取って2マークを回ろうとした松井に対し…
②.jpg)
②.jpg)
原田選手の強烈なダンプが炸裂!
まともに食らってしまった松井は大きく外に弾かれて後退します。原田の激しいダンプによって漁夫の利を得たのは、劣勢を強いられていた「瓜生正義」でした。
ぽっかりと空いたスペースに難なく飛び込んで先頭に立つと、そのまま後続を引き離して1着でゴール。本人も予想しなかったであろう意外な展開により、自身初となるSG制覇を達成。
③.jpg)
③.jpg)
「瓜生が勝ったというより、同期の原田が瓜生を勝たせた」と評されるこのレース。地元だった松井にとっては気の毒としかいえません。
しかし一方で、瓜生正義は長いトンネルから抜け出して初のSGタイトルを獲得。
そして、この時に原田選手が仕掛けた”捨て身のダンプ”が、その後のキャリアに大きく繋がっていくのです。



ようやく掴んだSG優勝。この勝利によって怒涛の快進撃が始まっていくことを、この時はまだ知る由もなかった。
記録で見る瓜生正義の強さ
これまで目立った不調やブランクもなく活躍を続けてきた瓜生正義。歴代レーサーの中でも随一といえる実力は、残した実績にもしっかりと表れています。
生涯獲得賞金は約25億円
順位 | 選手名 | 獲得賞金 |
---|---|---|
1位 | 松井繁 | 39億9755万円 |
2位 | 今村豊 | 29憶4144万円 |
3位 | 山崎智也 | 25億9690万円 |
4位 | 今垣光太郎 | 25憶6381万円 |
5位 | 瓜生正義 | 25憶1287万円 |
瓜生正義は、2017年5月に生涯獲得賞金20億円を突破。
その後も年間1億円前後の賞金を稼ぎ続け、引退選手も含めた獲得賞金の歴代ランキングでトップ5にランクインしています。
4位の「今垣光太郎」もA1のトップクラスを維持しているレーサーですが、2017年のダービーを最後にSG優出から遠ざかっています。さらに、3位の「山崎智也」は2022年4月に現役を引退。
今後、瓜生がSG優勝などで大きく賞金を上乗せした場合、近いうちに生涯獲得賞金ランキングの3位まで浮上する可能性があります。


21年連続SG優出&25年連続SG出場中
2022年3月のクラシック出場によって、初出場の1998年から25年連続でSGに出場。
加えて初優出となった2001年の賞金王シリーズ以降、2021年まで21年連続で年間1回以上の優出を果たしています。
2011年にはグランドチャンピオンとメモリアルで優勝、オーシャンカップ・チャレンジカップ・グランプリで優出という大活躍。SGで勝ち上がれる力があることを裏づける記録です。
スタートやターンの技術だけでなく、モーター整備力の高さもピカイチ。今後、記録をどこまで伸ばせるかにも注目です!
実力No.1の証明!ダービー3勝の実績


SG未勝利の長いトンネルを抜けた後は、これまでの苦悩がウソのようにSGタイトルを獲得していきます。
特に2009年からの5年間は毎年SGを優勝しており、真の実力がようやく開花したような印象も受けました。
そうした中、最も多く優勝しているSGが「ダービー(全日本選手権)」。
2010年の桐生では4カドから狭い内を差し込んで初V。2013年の平和島と2016年の福岡では、1コースから危なげないイン逃げで勝利。
勝率上位のレーサーしか出場できないダービー。競艇場やグレードを問わず、走ったレースすべての成績が選考基準に反映されるため、No.1を決めるのにふさわしいSGレースといっても過言ではありません。


そのダービーにおいて、瓜生正義の優勝回数は3回(現役1位)、引退選手を含めてもレジェンド「今村豊」さんと並ぶ1位タイに君臨しています。
2020年のびわこG1で2000勝達成!
2020年7月31日に開催された「開設68周年記念G1びわこ大賞」2日目のドリーム戦において、区切りとなる通算2000勝を達成。
2コースからコンマ10のトップスタートを決め、インの守田俊介選手を直まくりで飲み込みます。道中では桐生順平選手の猛追を受けますが、何とか振り切って1着。
達成時点で通算133人目、デビューから5845走目での2000勝を挙げました。


グランプリ(賞金王決定戦)での活躍
1年で最も盛り上がる「グランプリ」「グランプリシリーズ」いずれかのSGに連続出場中。フライング休みでも途切れてしまうことから、これもまた超一流レーサーであることを示す記録といえるでしょう。
そして、出場するだけでなく結果を残しているのも瓜生正義の凄いところ。
グランプリファイナル進出は歴代2位の9回
年度(開催場) | 進入コース | 結果 |
---|---|---|
2003年(住之江) | 3号艇・3コース | 2位 |
2006年(住之江) | 4号艇・4コース | 3位 |
2008年(住之江) | 5号艇・5コース | 6位 |
2009年(住之江) | 2号艇・2コース | 4位 |
2011年(住之江) | 5号艇・5コース | 4位 |
2012年(住之江) | 5号艇・5コース | 4位 |
2016年(住之江) | 1号艇・1コース | 優勝 |
2019年(住之江) | 5号艇・5コース | 4位 |
2021年(住之江) | 4号艇・3コース | 優勝 |
2023年現在、グランプリに16回選出され、上位6選手が1億円を懸けて戦うファイナルに9回進出しています。
これは松井繁に次ぐ歴代2位の記録。大きな着を取ることが許されないトライアルでの安定感が光るのも瓜生正義の強さといえます。
グランプリ初優勝(2016住之江)
12回目の出場となった2016年のSGグランプリ。
12選手(現在は18選手)で争われる最後の年でしたが、トライアル3走を「131」の好成績で突破。最終日の決定戦では1億円に最も近い位置となる1号艇を手にします。
迎えたファイナルでは、5号艇の松井繁が前付けを仕掛けて2コースへ。内側3艇が深めのインとなりますが、スリット通過はコンマ08のトップタイ。
また、2コースの松井が後手を踏んだことで優位に立ち、1マークを沈着冷静に回り切って盤石の態勢に持ち込みます。
その後もリードを広げ、40歳で初となるグランプリ優勝を達成。
派手なガッツポーズなどはせず、念願のタイトル獲得を噛みしめるように通過した姿も印象的でした。
.jpg)
.jpg)
伝説となったツケマイで2度目の制覇!返還額41億円
悪い意味で、最も記録に残る2021年のグランプリファイナル。
1コース峰竜太のターンミスによる転覆と、巻き込まれた後続艇の転覆によって3連単不成立。年末最後の大舞台でまさかの大波乱が巻き起こります。
グランプリ連覇を狙う1号艇「峰竜太」に人気が集中しましたが、ターンマークに激突してまさかの転覆。
瓜生正義と白井英治は難を逃れたものの、丸野一樹、平本貴之、毒島誠の3選手は避けきれずに乗り上げてしまい…。
結果、4艇が失格となるまさかの結末となってしまいます。
1着となった瓜生正義は3コースからスタートし、1マークで峰をまくる展開。峰が転覆したことで転がり込んできたラッキーな優勝なのではないか?とも言われましたが・・
「運ではない。紛れもなく最高のツケマイによる勝利」と評する声の方が多いです。


その証拠に、1周1マーク手前では、外にいる瓜生正義の舳先がわずかに出ており、実質的に先マイの形となっています。
内にいる峰は動きが封じられた体勢となり、このままターンをねじ込むには少し無理があったかもしれません。


公式記録も外攻めによる勝利と判定し、決まり手を「まくり」と発表しています。また、あの展開なら仮に転覆がなかったとしても、瓜生の1着は濃厚だったはず。
2度目のグランプリ制覇を成し遂げた瓜生正義は、この勝利で史上2人目のトライアル1stから優勝、そして史上4人目となる「ナイター開催7場完全制覇」も達成しました。



このレース以降、峰竜太の評判は地の底に…。再び艇界のスターと呼ばれる存在に舞い戻ることを願ってます。


瓜生正義の得意な水面・苦手な水面
地元九州に限らず、どんな水面でも結果を残しています。
「調整はどこに行ってもあまり心配していない」というコメントをしているように、水面ごとに乗りこなす旋回力あってこそでしょう。
ただし、競艇場によって若干の成績差があるので、その辺について深掘りしていこうと思います。
地元3場は重賞レースなら福岡、一般なら芦屋




※上記は福岡競艇で撮影した写真
瓜生正義の地元である福岡には3つの競艇場(福岡、若松、芦屋)があります。
もちろん、いずれも走り慣れた水面なので、勝率・連対率は高い数字をキープしており、記念G1も3場すべてで制しています。
その中でも大舞台で結果を出しているのが「福岡競艇」です。
SGは優勝3回(2009年笹川賞、2011年MB記念、22016年ダービー)、G1も同じくV3で、いずれも違う大会(ダイヤモンドカップ、周年記念、九州地区選手権)を勝っています。
一般開催の実績が豊富なのは「芦屋競艇」。
お正月開催でV5、お盆開催でもV5という圧倒的な強さ。格下相手とはいえ、ファンの期待にしっかり応えているあたりはさすがですね!
好成績の「住之江」「多摩川」「平和島」


地元以外の競艇場だと…
上記3場での活躍が目立ちます。また、同じ九州の「大村競艇」についてもナイター初開催での優勝があるなど、勝率ならびに2連対率で高い数字を維持しています。
瓜生正義にとってはいずれもSG、G1のあっせんが多い競艇場。
実戦を重ねていきながら、どんな水面でも苦手意識なく乗れる対応力も超一流の証といえます。
巡り合わせが良くない戸田


2000勝達成した瓜生正義ですが、意外にもまだ24場制覇は達成していません。それどころか、まだ優勝未達成の競艇場が3つ(戸田、浜名湖、びわこ)もあります。
「浜名湖」と「びわこ」は近年G2以上のあっせんに限られています。
しかし、浜名湖は2018年のSGクラシック優勝戦で惜しい2着があり、びわこも記念優出経験がある上に2000勝を達成した水面。
その為、どちらも極端な苦手意識はないと考えて良いでしょう。ただ、戸田に限っては1997年以降、優出すら1度もない状況。
最近ではG1周年(戸田プリムローズ)に出場。2021年大会では予選2日目まで「222」と好調でしたが、新型コロナウイルスの影響で開催が中止打ち切りに。
苦手というよりも戸田との巡り合わせが良くないのかも。
まとめ:目標は「今村豊」を超える30億円超え
生涯獲得賞金29億円超えのレジェンド「今村豊」さんが2020年に引退を発表した時、瓜生正義はこう話しています。



目標というよりもすごく大きな存在でした。自分も今村さんのような選手になれるよう頑張ります
もちろん記録だけでなく、レースに向かう姿勢や業界を背負う立場としての自覚など、精神的な面での目標にもなっていたことでしょう。
福岡支部の大所帯をまとめ上げる存在として、今後もSG戦線で奮闘を続ける瓜生正義。2022年オールスターで同期の「原田幸哉」選手が優勝したことにより、負けてられない!と気合いが入ったはず。
3度目のグランプリ制覇、そして史上2人目となる今村超え(30億円レーサー)を達成する日は来るのか?
過度な期待をしてその時を待ちたいと思いますw
コメントお待ちしてます!