競艇初心者向けの予想ハウツー

原田幸哉とは?B2転落からのSG優勝&長崎移籍・沖縄移住のなぜ

原田幸哉とは?どん底からのSG優勝や長崎移籍・沖縄移住のワケ
最新情報
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オールスターで痛恨のF

多摩川開催のSGオールスター。2日目の2号艇からフライングを切ってしまい、既に決まっている7月オーシャンカップ終了後、30日間のF休みに入る。

なお、8月のメモリアルはF休みが重なるため出場できない。

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今年初V、19度目のG1制覇

2024年4月12日の大村G1海の王者決定戦。優勝戦は絶好枠からコンマ06でイン速攻を決め、通算96勝目(当地15V)、16度目のG1優勝を飾った。

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2023年のふり返り

2023年の獲得賞金は6444万円。賞金ランキング25位でフィニッシュ。

新人レーサー時代から天才肌と言われ、今では不動の地位を築いている「原田幸哉」。しかし、ここまでの道のりは決して平坦ではありませんでした。

フライング2本でB1級降格、さらに重大過失によってB2級降格…。波乱続きの過去を経験しています。

そんな中、ここ数年は見事なまでに復活を遂げ、デビュー当時から応援しているファンとしては感極まる思いです。

2021年にメモリアル、2022年にオールスターと2度のSGを制覇。まだまだ世代交代をさせない強さを発揮しています。

そこで今回は、記憶に新しいSG優勝をはじめ、突然の沖縄移住や長崎支部への移籍など、他ではあまり語られていないことをまとめて紹介しようと思います。

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競艇選手「原田幸哉」とは?

1995年6月にデビューして以降、数々の偉業を達成してきた「原田幸哉」。はたしてどのようなボートレーサーなのか?

原田幸哉のプロフィール

公式画像原田幸哉(76期)
名前原田幸哉(はらだゆきや)
登録番号3779(76期)
生年月日1975年10月24日
身長/体重172cm・53kg
出身地愛知県
所属支部愛知支部⇒長崎支部(2017年)

原田幸哉の出場予定や期別成績は、オフィシャルサイトの選手ページをご確認ください。

海上自衛隊を経て競艇選手の道へ

原田幸哉とは?海上自衛隊を経て競艇選手の道へ

原田幸哉は中学を卒業後、高校に進学することなくボートレーサーの道を志します。

養成所試験に挑むまでの過程は人ぞれぞれですが、原田が選んだステップは自衛隊への入隊。広島県呉市江田島にある海上自衛隊第1術科学校に身を置き、厳しい環境で己をトコトン鍛え上げました。

海上自衛隊で3年間過ごした後、76期の養成所試験に合格して訓練生に。

本人が「自衛隊は競艇選手になるための準備期間」と話す通り、高校生活よりもはるかに過酷な自衛隊での日々は、この先に待つ養成所生活を乗り越えるために欠かせない時間だったのでしょう。

なお、自衛官を経てボートレーサーになった選手は想定以上に多いです。

自衛隊出身のボートレーサー
  • 武藤綾子(福岡・71期)
  • 赤岩善生(愛知・82期/海上自衛隊)
  • 出畑孝典(福岡・87期)
  • 齊藤優(徳島・93期/陸上自衛隊)
  • 木下大將(福岡・99期)
  • 片岡雅裕(香川・101期/陸上自衛隊)
  • 金子和之(埼玉・110期/海上自衛隊)
  • 小川日紀太(福岡・116期/航空自衛隊)
  • 上村宏太(東京・119期/航空自衛隊)
  • 山口真喜子(長崎・126期/陸上自衛隊)

養成所生活のために体力づくりした選手もいれば、競艇への夢を諦められず、入隊後に転向を決めた選手もいます。

どんな理由であれ、自衛隊の訓練を経験した者たちは「養成所の訓練は厳しいと思わなかった」と語っているそうです。

同期(76期)の主なレーサー

原田幸哉の卒業期となる76期には、35名の選手がデビューしています。その中でも代表的な選手を3名紹介します。

SG優勝11回の「瓜生正義」

原田幸哉の76同期生「瓜生正義」

まず、79期の代表格となる福岡支部の「瓜生正義」。

養成所では勝率8.65でリーグ戦1位の記録を残し、SG優勝回数は驚異の11回。2016年にはグランプリ優勝で賞金王にも輝き、生涯獲得賞金は20億円を超える76期の最強レーサーです。

兵庫支部のスター「魚谷智之」

原田幸哉の76同期生「魚谷智之」

兵庫支部では絶大な人気を誇る「魚谷智之」。

原田、瓜生の両選手からは少し出世が遅れたものの、2006年のダービーでSG初優勝。

さらに、翌2007年にはオーシャンカップ、メモリアルとSG連続優勝を達成し、吉川元浩選手と並んで兵庫支部躍進の立役者となりました。

「横西奏恵」元選手 ※山崎智也の嫁

原田幸哉の76同期生「横西奏恵」

76期の養成所チャンプである「横西奏恵」元選手も忘れてはなりません。

養成所の卒業記念レースにて、女子選手では史上4人目となる優勝を果たし、デビューから3年足らずで女子王座決定戦(当時G2)を優勝。2006年の総理大臣杯(クラシック)、2011年の笹川賞(オールスター)でも優出しました。

2010年には山崎智也と再婚し、2012年の年末に現役を引退した横西さん。引退直後に夫の山崎選手が初の賞金王を獲得したことも話題となりました。

原田幸哉の年収(獲得賞金)

獲得賞金順位
2024年
2023年64,442314円25位
2022年118,830,000円4位
2021年132,837,266円4位
2020年66,878,000円22位
2019年76,080,000円15位
2018年41,244,000円54位
2017年68,569,000円16位

1憶円以上の賞金を2年連続で獲得するなど、一般人には想像できないほどの年収を得ています。

また、若い頃からSG・G1で実績を残してきたため、生涯獲得賞金は18億円超え!あと数年もすればランキングTOP10に入る可能性大です。

デビューから出世街道をバク進した原田幸哉

原田幸哉は1995年6月に蒲郡競艇場でデビューし、1走目でいきなり1着を獲って水神祭を上げます。

翌1996年に初優勝を飾ると、1997年には年間V5と勢いに乗り、同期の瓜生より1年早く最優秀新人のタイトルを獲得しました。

集団Fから生き残り、新鋭王座で初G1

原田幸哉のG1初優出は、1998年の新鋭王座決定戦(現ヤングダービー)。不利な大外6コースからのレースでしたが、3着と健闘します。

当時はデビュー6年未満という出場制限のルールがあり、若手にとっては限られたチャンス。そして、新鋭王座を勝つことはSG優勝並みの栄誉ともいわれた時代。

デビュー5年目を迎えた原田幸哉は、2000年の新鋭王座決定戦で自身3度目のG1優出を果たします。

優勝戦ではインに座る地元の守田俊介選手が人気を集めましたが、6号艇の大神選手が前付けを敢行して2コースに進入。

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