競艇初心者向けの予想ハウツー

田口節子とは?旦那の逮捕や離婚&師匠・弟子・実績など全て

田口節子とは?獲得賞金10億超えの実績&旦那や弟子など
最新情報
STEP
2024年3月10日

常滑ヴィーナスシリーズで今年2回目の優出(2号艇)を達成。1周バックストレッチで1着優勢となったが、2マークで守屋美穂に逆転され敗北。

2024年は未だ優勝を達成できていない。

STEP
2023年のふり返り

クイーンズクライマックスは賞金ランキング7位で選出されるも、トライアルで勝ち残ることができず順位決定戦へ。結果は6号艇から2着に終わった。

艇界の女子No.1レーサーといっても過言ではない「田口節子」。

銀河系軍団と呼ばれる85期の1人。デビュー当時から期待通りの活躍を続け、女子王座決定戦およびクイーンズクライマックス(賞金女王決定戦)では連覇達成。

これだけ聞くと順風満帆な選手生活を送っているように思えるでしょうが、あまり語られないダークな過去も経験しています。

そこで今回は、田口節子の華やかな競争実績をはじめ、離婚した旦那など全て紹介していきます。

勝てる”無料予想”はこちら

ボートぴあ」の無料予想はお世辞抜きで優秀。しかも、その予想を本日から0円で利用できます。

約1ヵ月間の検証実績は、的中率63%・回収率200%超え。これほど質の高い競艇予想は滅多にありません。

とりあえず5レースほど試し、あなたの目で凄さを実感してください!

気になる項目へジャンプできます

田口節子とは?

田口節子(たぐちせつこ)は岡山県出身、岡山支部所属のボートレーサー。

登録期は銀河系軍団と呼ばれている85期。その中でも高成績で卒業し、1999年11月のデビューから僅か1ヵ月で水神祭を達成。その後もグレード問わず勝ち星を重ね、4度のG1制覇、24場制覇を成し遂げています。

田口節子の公式プロフィール

公式画像田口節子(85期)
名前田口節子(たぐちせつこ)
愛称せっちゃん
登録番号4050(85期)
生年月日1981年1月14日
身長/体重162㎝/46㎏
出身/所属岡山県/岡山支部
優勝回数SG:0回
G1:4回
G2:0回
G3:30回
一般:35回

田口節子の出場予定や期別成績は、オフィシャルサイトの選手ページをご確認ください。

妹は中ノ森BAND「YUCCO」

妹は中ノ森BAND「YUCCO」

田口節子の妹「裕美子」さんは、2005年頃に絶大な人気を誇った”中ノ森band”のYUCCO。

当時はオリコンランキングに度々登場した人気バンド。代表曲の1つ「Oh My Darlin’」はCX系のドラマ主題歌にも採用され、30代以上なら一度は聞いたことがある人気曲です。

中ノ森bandは2008年に活動を休止しましたが、現在もベーシストとして活躍中。

中年世代にとって青春を思い出させるバンド。今聞いても本当に良い楽曲!

競艇選手を目指したきっかけ

田口選手が高校生の頃、競艇好きだった父親から「やまと学校(現ボートレーサー養成所)の受験」を勧められたことがきっかけとなり、一発で合格しボートレーサーの道を歩み始めます。

ただ、学生時代に突出したスポーツ実績はなし。バスケットをしていた情報はありますが、20倍程度の倍率を一発で突破してしまうとは…。

やまと学校に入所する前から運動神経はずば抜けていたのかもしれませんね。

1999年11月にプロデビュー

田口節子のデビュー戦は1999年11月の下関。

暗黙のルールに従い、デビューしたばかりの田口は大外6コース進入。6着に敗れてもなんらおかしくない状況ですが、初レースにしてまさかの2着に入賞したのです。

田口節子とは?1999年11月にプロデビュー
出典:艇国データベース

恵まれた展開ではありましたが、デビュー戦かつ女子レーサーとは思えない走りで特大万舟に貢献。

デビュー戦の2着が”マグレ”じゃなかったことを、約1ヵ月後のレースで証明してくれます。

水神祭一覧(初勝利・初優勝など)

達成日開催場
初勝利1999年12月3日児島
初優出2001年4月12日若松
初優勝2003年11月18日びわこ

1999年12月3日、デビューから約1ヵ月後の児島で初勝利を挙げます。並みの新人だと数ヵ月~1年以上かかるものですが、田口節子は僅か20日程度で達成。

また、初勝利から1年ちょっとで初優出、2003年11月にはデビュー3年目にしてG3女子リーグを制覇。

優勝戦は「寺田千恵大瀧明日香」といった強豪相手に、トップスタートからまくり一撃。ちなみに、この時は既にA1級昇格を果たしています。

田口節子の元旦那や愛娘

田口節子が結婚した元ボートレーサーや、2人の間に授かった娘について解説します。

同期「田中健太郎」と結婚・出産

田口節子とは?同期「田中健太郎」と2014年に結婚・出産

田口節子は同支部で同期の「田中健太郎」と結婚。

2014年11月29日に婚姻届を提出、翌年春に第一子が出産する旨の発表が、モーターボート競走会よりなされました。

驚きだったのは、身近にいた同僚たちが認知していなかったこと。同期のSGレーサー「井口佳典」、女子トップレーサー「長嶋万記」らは以下のようにコメントしています。

井口佳典

きのう(11月30日)初めて聞いた。全く知らなかった。節ちゃんなら、さらに強くなって戻ってくるでしょう。

長嶋万記

エーーーーーッ!ただただ驚きです。誰にも気付かれず、ご結婚されるなんて、さすがは銀河系軍団!田口さんがいない間に稼がせてもらいます笑

そして、結婚発表と同時に産休で長期欠場に。

余談ですが、籍を入れた後に名字を「田中」に変更せず、田中健太郎が「田口」に改姓。ただし、登録名は旧姓のまま変えていません。

田中健太郎の逮捕…2016年に離婚

結婚・第一子の出産と幸せ絶頂だったはずの2016年。夫(田中健太郎)が窃盗の疑いで逮捕されてしまいます。

逮捕容疑は昨年12月8日午後10時半ごろ、岡山市北区のコンビニに駐輪してあった同県和気町の女性会社員(28)の自転車の前籠から、買ったばかりの女性用長袖シャツ(約7000円)を盗んだ疑い。
県警によると、コンビニの防犯カメラの映像などから田口容疑者が浮上した。田口容疑者は女性と面識はなく、酒に酔っていたという。

引用元:Yahoo!ニュース

酒に酔っていたとはいえ、女性用シャツを盗むなんて…。変態とも取られない行為に、当時は業界内でかなり話題になりました。

逮捕後の田中健太郎は、約2ヵ月後にレース復帰。引退とならなかったことから、おそらく有罪にはならなかったのでしょう。

しかし、妻である田口節子は許せなかったのか、結婚から2年しか経っていない2016年に離婚。その後に再婚した情報はないので、1人で愛娘を育てながらレーサー業を続けています。

田中健太郎は2022年6月に引退

田口節子の元夫「田中健太郎」は2022年に引退しました。

引退理由はおそらく成績不振によるものでしょう。2021年前期からB2級に降格し、4期通算をクリアできなかったのかも。

田口節子の同期・師匠・弟子

田口節子の同期生(85期)をはじめ、師匠や弟子について解説します。

銀河系軍団(85期)の同期生

湯川浩司(大阪支部)
湯川浩司
丸岡正典(大阪支部)
丸岡正典
山本隆幸(85期)
山本隆幸
興津藍(85期)
興津藍
伊藤将吉(85期)
伊藤将吉

85期でSG制覇を達成した選手は、井口佳典(6勝)・湯川浩司(4勝)・田村隆信(3勝)・丸岡正典(2勝)・森高一真(1勝)の5名。さらに、G1覇者まで含めれば9名も輩出しています。

ここまでトップレーサーが集まる期はないことから「銀河系軍団」と呼ばれるように。

これほどの実力がいる中、田口節子は通算で勝率4位、2連対率1位、優出回数5位、優勝回数2位。この成績こそ”女子界トップ”と言われる所以ですね。

85期「中島康孝・坂谷真史・小林晋」は殉職

田口節子とは?同期「坂谷真史・小林晋」は共に事故死①
坂谷真史
田口節子とは?同期「坂谷真史・小林晋」は共に事故死②
小林晋

銀河系軍団として艇界を盛り上げる選手がいる一方で、85期には帰らぬ人となってしまった選手が3名もいます。

1人目は、2004年3月に亡くなった「中島康孝」選手。他艇と接触して消波装置に激突し、その日のうちに息を引き取りました。

2人目は、2004年に同期の佐々木裕美と結婚した「坂谷真史」元選手。2007年2月の住之江において、転覆後に後続艇から追突され死亡。

3人目は「小林晋」元選手。バックストレッチで激しく転覆し、運悪く後続艇と接触。すぐに緊急搬送されたものの、事故から2時間半後に死亡。

同期生はもちろんのこと、我々ファンにとっては辛すぎる事故。二度と起こらないことを切に願います。

師匠の存在は確認できず

Google、SNS等を調査する限り、田口節子の師匠に関連する情報はヒットしません。公表していないだけかもしれませんが、決まった師匠をつけずにやってきた可能性も。

弟子は「樋口由加里・赤井陸」の2人 

樋口由加里(102期)
樋口由加里
赤井睦(111期)
赤井睦

田口節子の弟子は「樋口由加里・赤井睦」の2人。同じ岡山支部の後輩レーサーです。

特に樋口由加里は将来を有望視されており、2011年の初優勝を機にA1級も何度か経験済み。2021年の産休で少し成績を落としていますが、今後の活躍が楽しみな選手!

コメントお待ちしてます!

コメントする

気になる項目へジャンプできます