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阿波勝哉はなぜ人気?伝説のアウト屋と呼ばれる理由&成績

阿波勝哉(アワカツ)が”伝説のアウト屋”として人気の理由

約1,600名いる競艇選手の中には、どのコースにいようがインコースに割り込んでくる「イン屋」や、圧倒的不利といわれるアウトコースを自ら選択する「アウト屋」と呼ばれる選手も。

今回紹介する「阿波勝哉(あわかつや)」という選手は、後者のアウト屋を代表するひとり。

正直、最近の成績はお世辞にも良いとは言えません。しかし、彼が出るレースでは”何かが起きる”と期待させてくれる存在であり、成績が落ち込んでいる今でも人気は衰えていません。

アワカツはなぜここまで人気を博しているのか?15年以上前から応援し続けているファンの1人として、彼のプロフィールをはじめ、これまで残してきた輝かしい成績など、阿波勝哉の全てをお伝えしていこうと思います。

アウト屋に関しては別の記事も公開しているので、時間がある方はそちらも合わせてご覧ください。

アウト屋の競艇選手一覧!なぜ不利な6コースから?伝説の動画も

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管理人
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阿波勝哉の人気っぷりが分かる口コミなど

生きる伝説「阿波勝哉」をあまり知らない人のために、まずは競艇ファンたちの口コミ・評判を紹介します。

昔ながらの熱狂的なファン多数

SNSでこれほど盛り上がっている競艇選手は僅かだと思います。しかも、投稿されている口コミは良い内容ばかりで、否定するような声はほとんど見受けられません。

さらには「アワカツがいるから舟券を買う」というファンも多く、阿波勝哉という存在の大きさに驚かされるばかり。

仮にも阿波選手は現在B2級。この階級としては異例の人気っぷりであり、現役最強の「峰竜太」選手にも引けを取らない注目度です。おそらく、人気だけで見ればトップ5に入るのは間違いないはず。

管理人
全盛期のアワカツを知っている人ならなおさら、舟券から外すリスクが脳裏に焼き付いているのでしょう。

トップスタートからの一撃まくり

阿波勝哉の魅力と言えば、大外6コースから0台のスタートを決め、内側艇を置き去りにする一撃まくり!競艇のセオリーであるイン逃げを当てるのは簡単ですが、大外からのまくりを当てた時の興奮はマジでヤバいですよねw

それをいとも簡単にやってしまう阿波勝哉。スタートを決めて内側に絞っていく展開になれば、チルトを跳ねている阿波選手を誰も止めることはできません。

当然、舟券を買う人は勝つことが目的です。ただ、阿波選手がいる時だけは「予想が外れても劇的な展開を期待」してしまうのかもしれません。

管理人
本命党である私も、アワカツがいる番組だけは買い方を変えます。何か起きそうで怖いので…

人気過ぎて平和島競艇にはアワカツ商品も

平和島競艇のチルトサンド出典:https://aforaz.org/awa/

平和島競艇のチルト3丼(サンドン)出典:ピースターブログ

平和島競艇の売店で販売されているカツサンドとかつ丼。実は阿波選手の人気が凄すぎて、チルト3度にかけた商品名になっています。

  • チルトサンド(カツサンド)
  • チルト3丼(かつ丼)

過去にも競艇界に貢献した人気選手は沢山いましたが、その選手にあやかった商品ってないような…。いずれにしても、商品名になってしまうほど注目されていたのは間違いありません。

管理人
私は何度も食させていただいております(笑)アワカツが出場する期間中であれば100円引きとなるので、平和島競艇に行く際はぜひ!

阿波勝哉(アワカツ)とは?

阿波勝哉」選手のプロフィールや主な成績について紹介します。どんなボートレーサーだったのか?ある程度は把握できると思います。

阿波選手のプロフィール

公式画像 阿波勝哉(アワカツ)
名前(かな) 阿波勝哉(あわかつや)
愛称 アワカツ
生年月日 1973年4月18日
登録番号 3857(79期)
デビュー 1996年 多摩川競艇
身長・体重 165㎝・54㎏
出身地 東京都練馬区
支部 東京支部
家族構成 嫁・子供2人
趣味 バス釣り
休日の過ごし方 ダラダラ過ごす

ボートレーサー育成所を卒業後、デビューしたのは1996年。

同期には、少し前にアウト屋を卒業した「澤大介」をはじめ、吉川元浩・中辻崇人・岩崎正哉・別府昌樹など、SG・G1で活躍する選手がいます。

師匠は本吉正樹選手(東京支部)。そして、弟子には2020年6月に1年間出場停止となった藤原菜希選手。藤原選手は既にレース復帰してますが、処分を知った時は自分のことのように辛かったと思います。なんせ、誰よりも休みの辛さを知ってますから。

ちなみに、20年以上前から継続している金髪のヘアスタイル。アワカツのトレードマークでもありますが、実は以下の理由から続けているそうです。

  • 元々白髪が多く隠すため
  • 髪を痛めて天然パーマを弱めるため

本人曰く、ハゲない限りは現在の髪型(髪色)を続けるとのこと。

ボートレーサーを目指すきっかけは友人の勧め

阿波勝哉(アワカツ)ボートレーサーを目指すきっかけは友人の勧め出典:平和島競艇

阿波勝哉がボートレーサーを志すようになったのは21歳。それまでは特に就きたい職業などはなく、アルバイトで生計を立てていたようです。

しかし、中学生時代の友達に言われた「一緒に競艇選手を目指さないか?」という言葉を21歳頃に思いだし、3度の受験を経て、ボートレーサー育成所に合格。きっかけの言葉をくれた友達は、受験資格をクリアできなかったらしい。

ボートレーサー育成所(旧やまと学校)時代の戦績は確認できませんでした。

アウト屋になったきっかけ

デビューしたての新人は、事故防止などを理由に「どのコースであっても6コーススタート」といった暗黙の了解があります。現在は半年程度で枠番通りに走れますが、当時は2年以上も走れない空気だったとか。

そういった事情の中、阿波勝哉は時期が来ても枠番通りには走ろうとは思わなかったそうです。なぜなら、既にアウト屋として活躍していた「小川晃司」選手などへの憧れがあったから。

インタビューでは以下のように話しています。

新人は2年ほど経過するまでは何号艇でもほぼ6コーススタートっていう暗黙の了解があったんです。でも自分は2年経ってもそう(枠番進入に)ならなかった。当時、小川晃司さんなど、先輩でも6コースでやっている方がいたんですよ。自分も先輩のようにやれるのかなと挑戦したことがきっかけで、今もずっと続いています。

出典:スプラッシュトーク

稼ぐことより”カッコよさ”を優先したのでしょうが、それを未だに続けているなんて…。男でも惚れてしまうカッコよさですw

フライング3本で工事現場のバイト経験も

阿波勝哉(アワカツ)フライング3本で工事現場のバイト経験も

アウト屋が勝つために最も大切なのは「スタート」といっても過言ではないでしょう。もちろん、トップスタートを決めれば、他の選手より助走距離が長い分だけスピードも乗って置き去りにすることが可能です。

しかし、スタートまでの距離が長いということは、タイミングを合わせづらいとも言えます。また、競艇場のコースレイアウトや天候は異なるので、0台に近いスタートほど失敗するリスクも上がります。では、実際に失敗してしまった場合は…

競艇選手が恐れる「フライング罰則」が待っています。

  • 1回目:30日間
  • 2回目:90日間(60日加算)
  • 3回目:180日間(90日加算)
  • 4回目:360日間(180日加算)

競艇選手が恐れるフライングとは?」で詳しく説明していますが、フライングの回数によって上記の期間は強制的に斡旋停止となります。分かりやすい言い方をすれば「無職」です。

フライングはアウト屋が避けて通れない宿敵でもあり、阿波勝哉選手もこれまでに度重なるFをしてきました。

そんな中、絶対あってはならない「期間中のF3」を3回(1999年・2003年・2012年)にしてしまったことがあります。180日間のフライング休みとなり、無収入となった約半年間、工事現場で日雇いアルバイトをしていたそうです。

初優勝・SG初出場は?

初優勝 2002年(蒲郡競艇)
SG初出場 2005年(SG笹川賞競走)

1996年にデビューして以降、2002年「蒲郡スピード王座決定戦」で初優勝するまで6年ほど掛かりました。早いと1年足らずで優勝する選手もいるので、周りと比較すると遅い方かもしれません。

しかし、1度の優勝を手にしてからのアワカツは覚醒していきます。

後ほど詳しくお伝えしますが、2004年に4勝を挙げ、その翌年以降も2012年まで無敗の年は1度もありません。

そして、トップ選手のみ出場資格を得られる「SG競争」にも2005年に初出場。その後も5度の出場を果たし、アウト屋として爪痕を残しました。残念ながら優勝はまだですが、皆の記憶には深く刻まれているはずです。

以下の動画は、初出場となったSG笹川賞のレース&勝利者インタビュー映像。

アナウンサー「ここも6コースでした。このスタイルは崩されないんですね」。

阿波「もうこれ一本なんで」。

アナウンサー「このパターンに持ち込みますと…」

阿波「そうですね。これしかできないですから自分は」。

阿波選手らしいコメント!カッコ良すぎでしょ(笑)1コースから逃げた方が勝率は確実に上がるのに、それを捨てて我が道を行くアワカツ。競艇界になくてはならない存在だと思います。

阿波勝哉のレース成績

例え峰竜太であっても、ほぼ6コース進入であれば大した成績を残すことはできないでしょう。それほど過酷な条件のもと、阿波勝哉はどのような功績を残してきたのか?

アワカツの全盛期は2004年頃

出走数 勝率 優出 優勝
2002 221 6.50 9 1
2003 116 6.08 0 0
2004 228 6.73 13 4
2005 183 5.02 3 2
2006 214 5.85 4 1
2007 150 6.13 5 3
2008 237 6.62 9 2
2009 221 6.07 7 1
2010 250 6.37 6 3
2011 171 5.57 6 1
2012 108 5.06 6 1

上記表は初優勝をした2002年から、最後の優勝となっている2012年までの成績です。今後、調子が戻ってきて優勝する可能性は十分あるので、あくまで記事作成段階の情報だとご理解ください。

ご覧の通り、阿波選手の全盛期と呼べるのは2004年

この年は228レースに出走し、勝率は6.73と高いアベレージを記録。優勝戦にも13回出場し、その4回も覇者となっています。

そして、何より凄いのが「優勝は6コース進入」という事実。一般戦とはいえ優勝戦に残るのは強者しかおらず、6コースの選手が勝つなんて普通は予想しないでしょう。

それにしても、2004~2010年あたりのアワカツは本当に強かった。トップスタートならほぼ間違いなく独走となるし、スタートが揃っても恐ろしい伸びでまくっていく。あのレースがあったおかげで、今でも競艇を好きでいられるのかも。

決して大げさではなく、当時からボートをやってきたファンなら同じような感情を抱いていると思います。

G1・SG制覇はなく優勝は一般戦のみ

グレード 出走数 優出 優勝
SG 49 0 0
G1 388 4 0
G2 34 0 0
G3 327 3 0
一般 3577 77 19

※作成時の数値のため、引退するまで変動します。

G3~SGへの出場はそれなりにしており、G1・G3の優勝戦にも7回出場しています。ただ、今のところ優勝したのは一般戦のみであり、引退までにG3以上のタイトルを獲得してほしいところ。

今後期待されるのは、ファン投票で選ばれるSG競争「オールスター(笹川賞)」。出場資格である”前期A1級”さえクリアできれば、未だ衰えないアワカツ人気で出場できる可能性は十分にあるでしょう。

正直、プライドを捨ててでも勝率を上げてもらい、6コースからの大まくりをグレードレースの優勝戦で見てみたい。

阿波勝哉が「伝説のアウト屋」と呼ばれる理由

ネットで「伝説のアウト屋」と検索すれば分かりますが、阿波勝哉はB級選手ながらレジェンド級の扱いをされています。そのような存在になった理由をいくつか紹介していこうと思います。

6コース進入率は95%ほど

過去に阿波勝哉が出走したレースを集計したところ…

約4,400レースに出場し、4,100レースは6コース進入

企画レースなどで稀に4,5コース進入の時もありますが、何もなければ95%ほどの確率で6コースからスタートしているのです。ちなみに、稀なレースというのはこんなやつ↓

若松競艇で開催された「個性派王決定戦」という企画レース。

番組表ではわざとアウト屋を1~3コース、イン屋を4~6コースに。お分かりの通り、それぞれの選手はいつもの定位置を主張し、実際の進入は「456/231」となりました。ただ、常に6コースへ進入するアワカツがなぜだか5コースに…

実は「先輩のアウト屋がいる場合は外側を譲る」という暗黙のルールがあります。普通の選手ならやることは全く逆ですけどね(笑)

お題から脱線しちゃいましたが、稀なケースを除けばほぼ確実に6コース進入をする阿波選手。それでいて良い時期は勝率6.50以上、優勝19回もしてしまう化物なのです。

チルト3度を難なく捌く旋回力

ボートレースの「チルト」とは?チルトはボートに取り付ける角度のこと

阿波勝哉といえば「ミスターチルト3度」の異名を持つほど、出足や伸びに影響するチルト角度を跳ねていた選手。

チルトを簡単に説明すると、調整できる角度は「-0.5度~3度」。チルトを下げると出足が良くなり、逆に跳ねると伸びに特化した走りが可能となるもの。

現在、出足重視で安定性のある「-0.5度」が標準となっています。一方、大外からまくることしか考えていないアワカツは、出足や安定性など一切無視。最大角度である「3度」に設定し、100%伸び特化型でレースに挑んでいました。

ちなみに、阿波勝哉が絶頂期の頃、真似をしてチルト3度にした選手がいましたが、ターンマークで旋回しきれず転覆しています。それほどチルト3度は旋回技術を求められる角度なのです。

こうしたエンジン整備のことを「阿波仕様」と呼んでいます。

6コースから奇跡の9連勝を達成

競艇系YouTuber特集」でも紹介しているチルト50さんのまとめ動画です。

30分以上の尺で長そうに感じますが、アワカツの華麗なまくりを眺めていると一瞬で時が過ぎるはず。芸術とも呼べるまくりで9連勝という偉業を達成した阿波勝哉は、まさしくレジェンドにふさわしい競艇選手だと思います。

現在の阿波選手しか知らないファンの方々にはぜひ視聴してほしい動画。全盛期の走りを見れば、今の10倍は好きになれるはずです。

もちペラ制度廃止で成績不振!引退危機か?

2012年4月の「もちペラ制度廃止」により、2004年から続いた阿波勝哉の活躍は急降下していきます。

プロペラ規定の変更後は、各競艇場のペラを使わなければいけない「オーナーペラ制度」となり、伸び重視のアウト屋にとっては苦しい時代に。

オーナーペラ制度導入でアワカツの成績は急降下

阿波勝哉(アワカツ)年別成績グラフ出典:競艇必勝法ふなばん

上記は阿波勝哉の勝率をグラフで表したものです。

ご覧の通り、もちペラ制度廃止となった2012年に成績は大きく落ち込み、それ以降も全盛期のような走りをできなくなったことが伺えます。競艇においてのプロペラは、レースの勝敗に最も影響するといっても過言ではないのです。

全盛期だった2005年には最上位階級であるA1級まで上り詰めました。しかし、自分でペラを持ち込むことができなくなって以降、廃止と同時にB1級へと降格。

もちペラ制度廃止がもたらした影響

もちペラだった頃は、師匠が属するペラグループに入り、一から加工技術を磨くことも大切な仕事。一応、ペラを加工する専門業者もありましたが、1つ頼むだけで数万円以上はしたそうです。当然、資金力のない新人選手には依頼することができず。

そんな中、ペラ叩きには自信のあったアワカツには良い時代だったのでしょう。6コースから伸び重視でまくれる仕様にし、あとはスタートを決めることに集中するのみ。

そのスタイルにNGを告げたのが「もちペラ制度廃止」となります。この制度廃止がレーサーにもたらした影響は…

  • ペラの性能より旋回技術などが重要になった
  • 資金力のないレーサーにもチャンスが広がった
  • 廃止前の伸び重視ペラにはほぼ調整不可能に

もちペラ制度廃止によって恩恵を受けたのは、お金のない新人やペラ調整の苦手な選手。逆風となったのは、伸び重視に仕上げていたアウト屋。

要は、6コースから伸びに頼った走りをしていたアウト屋には、あまりにも辛い時代に突入してしまったのです。

まぁ、廃止前と比べると「よりインコースが有利になった」ので、軸を絞りやすくなって勝ちやすいギャンブルになった利点はあります。その代償として、心を弾ませてくれるようなレースは見れなくなったという訳です。

管理人
20年来の競艇ファンとしては悲しい気持ちもありますが、初心者でも当てやすくなったのは良いことかもしれませんね!

まとめ:阿波勝哉はSG制覇できる選手

伝説のアウト屋「阿波勝哉」。近年にはパッとしない成績が続いていますが、絶対にこのまま引退するような選手ではないと思います。

実力不足で成績を残せていないならまだしも、阿波選手の旋回力はトップ選手にも負けないはず。勝てる能力は間違いなく備わっているので、現制度にどれだけ合わせていくかが今後のカギとなるでしょう。

再びA1級として活躍するには、アウト屋を卒業した「澤大介」のような決断も必要かと。頑固そうな阿波選手が簡単に変えるとは思いませんが、個人的には活躍する姿の方が見てみたいです。

最後に、どういった形になっても「阿波選手」が出場するレースは参戦します!記憶に残る熱いレースを期待してます。

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