69期本栖チャンプに輝き、1年目から規格外の強さで”怪物くん”と呼ばれた「太田和美(おおたかずみ)」。
1998年には史上最年少(25歳)で賞金王のタイトルを獲得し、現在も衰えることなくA1級で活躍中。生涯獲得賞金は23億円を超えています。
早熟のファンはあまり知らないでしょうが、知れば知るほどその魅力に憑りつかれるはず!
そこで今回は、太田和美のデビューからこれまで、そして結婚・弟子・年収・引退など、公私に渡って丸っと紹介していきます。
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太田和美とは?
太田和美は長崎県佐世保市出身、大阪支部に所属する69期ボートレーサー(登録上は奈良県出身)。
転居時期は不明ですが、養成所を受験した高校時代は大阪在住。その後、奈良に移り住み、2003年から奈良県に登録変更。G2ボートレース甲子園にも奈良県代表として出場経験があります。
太田和美の公式プロフィール
公式画像 | |
名前 | 太田和美(おおたかずみ) |
登録番号 | 3557(69期) |
生年月日 | 1973年1月6日 |
身長/体重 | 165cm/55kg |
出身/所属 | 奈良県/大阪支部 |
デビュー |
太田和美の出場予定や期別成績は、オフィシャルサイトの選手ページでご確認ください。
競艇選手を目指したきっかけ
中学卒業後、大阪府高槻市にある府立島上高校大冠校(現大冠高校)へ進学。高校時代は野球部に所属していましたが、親の勧めがきっかけで競艇の道に進んだとされています。
太田は1990年秋に69期養成所試験で合格。そのまま高校(3年生)を中退して訓練生活に入りました。
卒業記念優勝し69期本栖チャンプに
69期訓練生として本栖研修所(現ボートレーサー養成所)に入所した太田和美。
当時、教官から「お前らは最低の期だ」とよく怒られたそうですが、訓練生にハッパをかける意味だったのかもしれないと振り返っています。
養成所リーグは全体3位の勝率6.56を記録し、卒業記念競走では優勝戦に進出しました。
田中信一郎・野添貴裕・都築正治らが参戦。4コースから強ツケマイでまくり、内をすくって伸ばした野添貴裕をバックストレッチで振り切って勝利。
69期養成所チャンプに輝き、大きな注目を浴びてデビュー戦を迎えます。
同期(69期)の注目選手
太田和美以外にも古豪が揃う「華の69期」。
田中信一郎はグランプリ連覇含むSG優勝5回。山本浩次は地元児島の1999年メモリアル、三嶌誠司は地元丸亀の2006年チャレンジカップでそれぞれSGを制覇しています。
2人しかデビューしなかった女子レーサーの1人、藤田美代は現在もオールレディースで活躍中です。
福田雅一の嫁は平山智加。交際後、師弟関係になった珍しいカップルw
太田和美とイチローが激似w
太田和美といえば”怪物くん”と相性で知られていますが、それ以外に「水上のレーザービーム」という異名もあります。
そう呼ばれる理由は、元メジャーリーガー「イチロー」選手に顔が似てるから。外野からの返球を表現した”レーザービーム”に因んでつけられたニックネームです。
実際に比較すると、骨格・髪型(髪質)・眉毛・目・鼻・口元、全て兄弟といっても過言ではないほど(笑)
ちなみに、偶然にも2人は同じ1973年生まれ。
太田和美の師匠・弟子
太田和美の師匠は、大阪支部に所属する65期レーサー「宮迫暢彦」。
握って攻めるスタイルが特徴的。2022年3月に1500勝を達成した名選手で、持ちペラ時代に太田が所属していたペラグループのリーダーでもあります。
弟子は85期銀河系軍団「丸岡正典」。
2008年・2012年のSGダービーで優勝し、師弟揃ってSGレーサーに。ここ最近は調子を落としていますが、言わずと知れた名レーサーです。
太田和美は引退についてどう考えているのか?
ネット上でちらほら見かける太田和美の引退について。同期「野添貴裕」元選手と対談したYoutube企画でこんなことを語っています。
Q:引退は考えてる?
考えてないね。時期とか線引きもしてない。辞めざるを得なくなるまではやりたいと思ってるから。それに対しては考えてやってる。
2023年は一般戦で優勝1回。そして、ここ数年はSGの出場回数も減り、50代という年齢や肉体的な衰えから「引退」を心配する声が浮上したのでしょう。
しかし、上記に紹介した通り「引退は考えていない」と断言。身体が動く限りは現役を続けると、自身の思いを話しています。
太田和美の結婚・趣味・年収など
Googleで検索してもれいわ新撰組の太田和美(現柏市長)がヒットし、艇界の太田和美に関する情報は多くありません。
そのうえで、収集できた貴重なプライベートを載せておきます。
太田和美は結婚していて子供もいる
上記は、長期のフライング休み中に出演したトークショーの映像です。
太田和美は結婚しているのか?それとも独身なのか?気になっている方も多いでしょうが、本人の口から結婚や家族構成に関して発言しています。
子供らの予定もあるからね。上2人は大きいし、家おんのは下の子だけ。上の子はもう18歳やし。
2017年頃、住之江競艇場のトークショーにゲストで出演した際に「バカンスの予定とかは?」と質問された太田は「子供らの予定もあるからね」とポツリ。
また、トークの内容からお子さんは3人いる模様。2017年当時で一番上の子供が18歳と話しているので、現在は25歳前後だと推測できます。
一番の趣味は「ゴルフ」
太田和美の趣味は「ゴルフ」。レース開催中も選手宿舎にゴルフクラブを持ち込んで練習するほど、筋金入りのゴルフ好きだそうです。
古い情報だと、若い頃は釣りが趣味だったらしい。ただ、ゴルフにハマり出してからは「釣りをやめてゴルフだけにした」とのこと。
いくつも掛け持ちできないタイプだとトークショー出演時に話しています。
太田和美の年収(年別獲得賞金)
年 | 獲得賞金 | 順位 |
---|---|---|
2012年 | 117,530,000円 | 4位 |
2013年 | 85,320,000円 | 9位 |
2014年 | 123,670,000円 | 3位 |
2015年 | 86,830,000円 | 6位 |
2016年 | 64,110,000円 | 17位 |
2017年 | 30,750,000円 | 126位 |
2018年 | 60,490,000円 | 20位 |
2019年 | 75,810,000円 | 16位 |
2020年 | 47,140,000円 | 53位 |
2021年 | 64,590,000円 | 24位 |
2022年 | 66,000,000円 | 22位 |
2023年 | 36,190,000円 | 137位 |
2024年 | 31,180,000円 | 123位 |
グラチャンを連覇した2012年以降の獲得賞金です。
太田和美が初めてSG制覇したのは1998年。その頃から1億円前後の賞金を稼ぎ続けており、これまでに競艇界で得た生涯獲得賞金は23億円オーバー。
一生涯、お金に困ることはないでしょうねw
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デビューから現在までの実績
デビュー直後から驚異的な強さを魅せつけ、瞬く間に艇界の頂点へ。そんな太田和美のキャリアを時系列で紹介します。
以下は現在までに獲得したビッグタイトル。
開催年/場 | 格式 | 大会 |
---|---|---|
1996年/若松 | G1 | 全日本覇者決定戦 |
1998年/丸亀 | G1 | 京極賞 |
1998年/蒲郡 | G1 | ダイヤモンドカップ |
1998年/住之江 | SG | グランプリ |
2001年/住之江 | G1 | 高松宮記念 |
2002年/住之江 | SG | グランプリシリーズ |
2004年/津 | G1 | つつじ賞王座決定戦 |
2004年/住之江 | SG | グランプリシリーズ |
2005年/三国 | G1 | 近畿地区選手権 |
2005年/住之江 | G1 | 高松宮記念 |
2005年/津 | SG | ダービー |
2006年/住之江 | G1 | 高松宮記念 |
2009年/住之江 | G1 | 高松宮記念 |
2010年/三国 | G1 | 北陸艇王決戦 |
2011年/大村 | G1 | 海の王者決定戦 |
2012年/芦屋 | SG | グランドチャンピオン |
2012年/丸亀 | G1 | 京極賞 |
2013年/常滑 | SG | グランドチャンピオン |
2013年/丸亀 | G1 | 京極賞 |
2014年/平和島 | G1 | トーキョーベイカップ |
2014年/下関 | SG | チャレンジカップ |
2015年/びわこ | G1 | 近畿地区選手権 |
2016年/三国 | G1 | 北陸艇王決戦 |
2018年/徳山 | G1 | 徳山クラウン争奪戦 |
2019年/芦屋 | G1 | 全日本王座決定戦 |
2020年/尼崎 | G1 | 近畿地区選手権 |
2021年/住之江 | G1 | 高松宮記念 |
2022年/住之江 | G1 | 高松宮記念 |
2024年10月現在、太田和美はSG7冠、G1で21回の優勝を記録。「苦手な水面は特にない」と本人が話す通り、地元住之江以外の記念タイトルも多数獲得しています。
デビュー節で優出の快挙
太田和美は1991年11月の住之江一般戦でデビュー。
詳細は不明ですが、1,2走目は2着、3走目で初勝利。さらに、4走目も2着に入って予選を突破すると、準優でまさかの1着。デビュー節にして優出したのです。
植木通彦らが参戦した優勝戦は5着に敗れたものの、予選準優オール2連対優出という快挙を達成。
後になって当時を振り返り「出来過ぎ。夢心地やった」とコメント。太田和美のキャリアは、周りだけでなく本人も驚く快進撃から始まりました。
1996年の若松周年でG1初優勝
デビュー期勝率5.51という驚異的な数字を叩き出し、この頃から「怪物くん」と呼ばれるように。
その後も愛称負けしない活躍を続け、怪物級の成績でA級初昇格、初優勝と難なくクリアしていきます。
G1タイトルに手が届いたのは1996年の若松開設記念。デビューから4年半で記念レーサーの仲間入りし、69期では一番乗りとなるG1レーサーに輝きました。
1998年グランプリでSG初制覇
1997年にはグランドチャンピオン・オーシャンカップで優出し、年末グランプリ(賞金王決定戦)では自身初の優勝戦(4着)に進出しました。
周囲の期待が高まる中、初のSGタイトルは1年後の1998年グランプリ。
トライアル3走は微妙な枠番抽選ながらも、小さい着をまとめて2年連続で優勝戦進出。ファイナルは5カドからまくって先マイに成功し、そのまま後続をちぎって完勝。
デビューから7年1ヵ月、25歳でSG初制覇&賞金王獲得という大記録達成となりました。
太田和美が「怪物くん」から本物の怪物になった瞬間。
ダービー初制覇で4度目のSGV
SG常連となった太田和美は、2002年・2004年のグランプリシリーズで優勝。そして、2005年には日本一の称号を懸けて争う全日本選手権(ダービー)で大会初Vを達成します。
初日2走は苦戦するも、3日目から巻き返して予選2位で通過。同期「田中信一郎」が隣に座った準優は、コンマ06のトップスタートで完璧なイン逃げ。
迎えた優勝戦メンバーがこちら。
優勝戦はほぼ互角のスタートからイン戦を押し切り1着でゴール。SG4回目のVはダービー王の称号を手にする大きな栄冠となりました。
みんな若いけど、中でも瓜生正義の長髪がめちゃくちゃ新鮮w
2012・2013年のグラチャン連覇
2012・2013年開催のグランドチャンピオンにおいて、デビュー初のSG連覇を達成しています。
第22回グランドチャンピオン優勝戦
2012年の芦屋大会。予選からオール3連対で優出。優勝戦は2コース差しで優位に立つと、1周2マークで競り勝ちグラチャン初Vを飾りました。
第23回グランドチャンピオン優勝戦
前回大会覇者として挑んだ2013年の常滑。
予選5連対で1位通過し、準優は2コースに弟子の丸岡正典、3コースに同期の田中信一郎がいる中、意地のイン逃げで1着。
優勝戦もインからコンマ10のトップスタートで難なく逃げ切り、湯川浩司以来2人目となるグラチャン連覇を達成しました。
(2連覇の声が多く)辛くはなかったけど、いつもより少し気入れて走っててちょっと疲れました。
(ゴールで魅せたのはピース?)そうですね一応。2連覇ということで「V」ってしました。
若い選手に負けないとかは思ってなくて、歳は同じぐらいのつもりで走ってる(笑)これからも舟券で還元できるように頑張っていきたい。
峰竜太・桐生順平ら若手が台頭し始めた時期ですが、当時40歳だった太田和美は”ガチで最強”だった記憶があります。
2022年4月に2000勝達成
2022年4月24日の鳴門一般戦12R。インからコンマ18のタイミングで危なげなく押し切り1着。
デビュー30年5ヵ月、史上155人目となる通算2000勝を達成しています。
肉体的な衰えはあるだろうけど、これからも若手に負けない走りに期待!
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